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『フラグメント』についてあれこれ

「小説家になろう」さんにてだいぶん前に、小説を更新していました(過去形)

『フラグメント』



本当はあわせてブログの記事も上げようとしてたんですがなんやかんやで先延ばしになってましたごめんなさい。orz


今作は「意味深で投げっぱ」が目標であり、なおかつ読んだ人に「なんじゃこりゃ?」と思ってもらうことが目的だったりします。
こちらがバラまいた言葉の欠片から、一体読者さんは何を読み取れるんだろう、というある意味喧嘩を売りに行った感じの大暴投。

もしよろしければ、不思議世界の不思議トリップを僅かながらでも味わって頂けたなら幸いです。


……でも、作中で説明しなかったので、そのまま真実は闇の中、とされても気持ちの悪い方もいらっしゃると思いますので、以下でネタバレ的なコンセプトやイメージソースをつらつらと書いていきます。

読了後に答え合わせのような気持ちで読んでいただければと。
では以下ネタバレ
まず、本作の基礎は、デタラメな世界に対する三組四人の人物たちそれぞれの生き様を記したものです。

この舞台に対し、三組の登場人物たちがそれぞれのスタンスでこの状況に向き合い、馬鹿げた世界でどう行動するのか。
神の意向通りに全てが成り立つこの世界で、『我』を持った人間が居たならば、どうするのか、と言う思考実験です。

一人は少年『進』
彼は全てを放棄します。
自己を持ち、しかし抗い様のない世界の暴力に屈し、自ら生きることを放棄しました。
自由であるがゆえに絶望し、全てを放棄した存在です。

もう一人は少女
彼女は世界の一部です。
自らの意思でなく世界の意思のまま行動する。
……もしかしたら、一番幸せな存在かもしれません。

最後は幼い少年と若い女性、『義人』と『エル』。
彼らは意思を持ち、考えます。
この世界の全てを知ろうとし、問いかけます。
それは彼らなりの神への反逆であり、彼らの思考はいずれはエルの語った『神殺し』へと至るかもしれません。

少年は理不尽な世界にただ絶望し、少女はこの世界に疑問など抱かずいきいきと暮らす。
この二人のパートはこのデタラメな世界を描くパートでもあります。

義人とエルの問いかけは、作者の個人的な問いかけでもあったりします。
『自分の見ている世界って、なんだろうね?』
ちょっと目の前にあるものを疑ってみましょう。
あっという間に世界はその輪郭をほつれさせてしまいます。

『考える、ゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)』
世界は全て疑わしいもの。
でも、『疑わしい』と考えている自分だけは考えている以上その存在を認められる。

この『世界は全て疑わしいもの』という感覚を、ちょっと皆さんに味わってもらいたかった、というのがこの二人の問答の意図だったりします。

『当たり前』の大切さと罪深さに気づいていただければちょっと嬉しかったり。


題名は『フラグメント』つまり断片ということで、
『分割された三視点からの物語』と、『言葉によって断片化された世界の物語』
のダブルミーニングです。

『とりあえずバラバラでめちゃくちゃな話』という題名だと捉えてもらえれば簡単でしょうか。
そんな感じで。

後、余談ですが、自我のあるのは三人。同時に名前のあるのも三人。
その名前はそれぞれ『コギト・エルゴ・スム』から二音づつ、

『義人(ギト)』『エル』『進(スム)』

と取りました。
考え、そして自我を確立した人間である、という意味付けです。

あ、漢字の読みは別にこの通りでなくてもなんでもいいです。
読みやすいように適当に読んでいただければと。



さて、ここまではまあ前座というか、読めば何となくぼんやりとでも伝わるレベルなんだろうなぁ、と思います。
ここから先が、個人的には読者さんの反応が非常に気になるところでして。
それは、

『この世界がどんな風景の世界だったのか』

デタラメなのは言うに及ばずですが、どんな風景に見えたのかなぁ、と。
できればネタバレを読む前、どんな印象を受けたのかお聞きしたいところだったりします。
もしよろしければコメントなんか頂きたいところなのですが、どうでしょう?

ではでは、風景について。

ここで描かれた世界は実は、『男の子がおもちゃ箱をひっくり返して遊んでいる風景』です。

おもちゃ箱は『ひっくり返され』たその時から、ひっくり返した本人である、子供だけの夢の世界が始まります。
他者から見れば、整合性もなく、ただデタラメで……でも『本人』の中でだけはれっきとしたルールがある世界。

それは例えば、レゴブロックで組み上げた、色合いも何もかもでたらめな街並み。
そこで用意されたキャスト……ぬいぐるみや人形たちは、おままごとを始めたり、かと思えば戦場に放り出されたり。現実世界のルールは一切通用せず、ただそこにはおもちゃを扱う子供……おもちゃの側から見れば絶対的な『神』の意思のままに全てが動きます。

そんな世界を、『おもちゃたちの等身大の視点から見てみたら?』
それを描くことが今作の裏コンセプトであり、さらには、

『おもちゃと知らない読者さんが、抽象的な記述のみでこの世界に触れたら、どんなものを想像するのか?』

ということが個人的な今作での実験項目だったりします。
ええ。
毎回実験作でないと気が済まないんですよこの作者は←


それでは、以下本文の記述と照合しながら順に解説していきます。

>――そして世界は今日もひっくり返る。
一文目のこれは文字通り、男の子がおもちゃ箱を『ひっくり返』したことを指しています。

>平坦な空を悠々と泳ぐ、クジラの姿。
クジラに気を取られて皆さんサラっとスルーされたでしょうが『平坦な空』というところがミソで、
このクジラさん、実は、イラストだったりします。
子供部屋の中に飾られた、男の子が描いたクジラの絵なんですね。

>青と赤と黄に彩られた空を、緑色のクジラが泳ぎ、
これはクジラが描かれた絵の内容です。
幼稚園の時とかの色彩感覚っておかしいものが多々ありますよね。

>ガラクタは宙を舞い、相変わらず世界は無邪気な暴力に溢れている。
男の子は生まれながらに戦士です。←
ちっちゃい頃から戦うの大好きなんですよー
ドカーン!バキーン!とかやるのが大好きで。
おもちゃを適当に持って空中戦とか結構やったもんです。

宙を舞い、という部分は男の子が手に持っておもちゃを振り回している様であり、
おもちゃから見れば、男の子が引き起こす戦いは、まさに理由なき暴力であり、理不尽な蹂躙でしかない訳ですね。


>屋上の縁に立ち見下ろす世界は、せわしげにデタラメな生成崩壊を繰り返すばかり
 これは、レゴブロックやプラレール、その他のおもちゃの組み合わせで、男の子の思うまま自由自在にその場が姿を変えるということを指し示しています。

>管理人室で古臭いデザインの鼻メガネを付け、不機嫌そうな顔をしていたカピバラ。
このばあちゃんもお人形です。ぬいぐるみ的な。

>その脚力は、地上三階のビルを安々と飛び越えさせ、その身を商店街の屋根に飛び乗らせる。
ほら、お人形って、持って遊ぶ時はだいたい重力無視しません?
身長の何倍飛ぶんだよ、とか、ドラゴンボールばりに空中飛び回ったりとか。
レゴのお人形とかサイズからすればとんでもない身体能力ですよね。

>彩りや高さ、形状までのちぐはぐな商店街
これは、これらの建物が全てレゴでできていることを示しています。
なんちゃらセットを買えばまだしも、バケツとかで作るとだいたい統一性のない色になりますよね。
形がバラバラなのも、男の子が小さいのできっちり形を揃えることをしなかったから。
商店街というのは、男の子がそのつもりで作ったという解釈でも、おもちゃ目線で補完が入ったと解釈してもいいですね。

>「木は水色なの?」
水色のレゴで作られた『木』。
男の子が木だと思って作ったんだから木に決まってます。ええ。

>眼前で特に意味もなく崩壊していく学校を前に
飽きたら終わる。子供の遊び全てに共通する真理です。

>合体ロボットが相応の大きさのラッコに本日通算三度目のトドメを刺している。
基本、主役ロボットはおもちゃが出ますが、だいたい悪役は出ません。困ったことに。
敵は毎週コロコロ変わりますしね。
なので、せっかくかっこいいロボットを買ってもらっても敵が居ない。
敵が居ないと戦えない。でも買ってもらったロボットで戦いたい。
ならばどうするか。当然敵をでっち上げます
敵になる対象としては、だいたいロボットと同じぐらいの大きさのぬいぐるみの類が生贄に選ばれます。
ウチでは某水族館で買ってもらったラッコさんでした。(ラッコさんごめんなさい)
通算三度目というのは、まあ手頃なぬいぐるみなんかそうそう無いので使いまわされるわけなんですよね。何度も。
結果として、その度に必殺技とかでトドメを刺されたりするわけで。
……子供って残酷ですよね。

>チクミの塔が相変わらず適当な高さまで組みあがった後に崩れ落ちていた。
『チクミの塔』というのは簡単なアナグラムで、
「tikumi」→「tumiki」→「つみき」
……ということで、積み木の塔なわけです。
レゴよりも壊すのが簡単なので、積み上げては崩してのペースが早い。

>スクノペラッタ
ここに関してのみ完全な創作です。
この名前は、敢えてどこの言語圏にも属さないように慎重に音を選びました。
スクノペラッタとは何なのかは作者も知りません。
この言葉からは貴方は何を想像できますか?

>道路の上を走る列車の屋根に乗っかって街道を爆走
>動力車のみで、『列車』と呼ぶことも憚られる『それ』
これは、プラレールの動力車です。
作者はこんな感じに時々切り離したまま動力車だけ床を爆走させたりして壁にぶつけてました。

>通行人数人を跳ね、轢く
跳ね飛ばされるレゴの人形。そんなイメージで。

>『店主は只今、自分の首を探しに出かけています』の張り紙。
作者はよくレゴの人形の首をもいで失くしました。
最終的に同じ身体に戻れた奴いたっけ……

>「塔の崩壊に巻き込まれたってことなんですかね……ってかこんなところまで断片が飛んでくるなんて卑怯じゃないですかい」
積み木の崩壊はしばしば他のおもちゃを巻き込みます。
厄介なことに作者のようなクソガキは意図的にそれをやらかしたりします。そんな感じで。

>巨大な二足歩行の犬
おもちゃ同士ではスケール感の違う物はよくあること。
この犬もぬいぐるみですね。

>「タクシーとか使えるかな?」
>近くを見渡しても、乗り物として使えそうな車はなかった。
>どれも適当に前進と後退を繰り替えしたり、同じ場所で回転を続けるだけ。
>それに、サイズも小さいから屋根に乗ったら振り落とされることが多い。
トミカとかミニカーの類です。
人形と比較してサイズが小さいので、レゴの人形を乗せるのは不向きとなります。
また、基本的に動力を内蔵していないものは子供の手の届く範囲で走ることになるので、だいたい子供の身体を軸に周回するか、腕の伸縮で前後に動くかの二択になります。


>世界が唸りを上げて収束する。
さあ、お片づけの時間です。

>作り砕かれた塔は、その断片を一箇所に集積させ、
積み木は積木の箱に綺麗に収納されます。

>ある建物は砕かれ、断片化され、ある建物は地盤ごとその姿を失う。
レゴは箱の中に入るよう、バラバラにされて放り込まれます。

>乗り物は無秩序に一箇所に吸い寄せられ、人々はその存在を保管されたまま世界から消失する。
トミカもプラレールも、おもちゃ箱にまとめて収納されていきます。
人形やぬいぐるみも然り。
今まで『世界』だった部屋の中から、おもちゃ箱に移され、世界から消失する、という見方。

>何もかもが原点へと還る、これが一日の終わり。
つまり『おもちゃを全部おもちゃ箱に片付けました』ってカッコよく言っただけ。

>「ええ。この世界の時間の概念は、ただ世界の目覚めと眠りによって決められるから」
おもちゃたちの主観に拠れば、おもちゃ箱をひっくり返した時点から一日はスタートし、片付けることで一日が終わる、という見方ですね。

>――そして明日も世界はひっくり返る。
でもまあそうカッコよく定義した所で、どうせ明日もおもちゃを広げますよ。男の子は。


以上、解説でした。
こんな長々とした解説なんてのを書かなきゃいけない時点で、小説としては失敗だなぁとは自覚してはいるのですが、まあ大目に見ていただければと。

これでまた、違った見方をしていただければ嬉しいなーなんて思ったり。

お楽しみいただければ幸いです。
ではでは、ここまで読んでいただきありがとうございました~

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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

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